小さな幸せ見つけよう♪


by 優花

<   2016年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

雨の日曜日

日曜の朝はいつも、のんびりと始まる。
子育てを終え、旦那と2人で過ごす時間が多くなってから、のんびり加減は増すばかりである。
だが、昨日の日曜はいつもと違った。
金曜日に職場の人にお借りした、3冊の本をひたすらに読みたいと私は思っていたのだ。
本を貸して下さった方は、私より少し年上で、仕事の出来る大先輩。
私が今の職場に、2年前に転職してから、その仕事ぶりに、尊敬の念を抱きながら、
どこか近寄りがたく、雲の上の人と思っていた。
私にとっては、神様のような人だった。
しかし、これも何かのご縁だろうか?プライベートなお話を何度かさせて頂けるようになると、
神様と私が意外な共通点で、恐れ多いながらも繋がっていたことに驚いた。
神様の神様ぶりは何と、仕事だけではなかったのだ。
神様が書くことを趣味に持たれていると知り、
山陽新聞への投稿作品を何度か読ませて頂いた。
神様の織り成す言の葉は、優しさに溢れている。
その文を読ませて頂き、厳しさと強さは、
優しさと言う大きな土台があればこそだったのだと、私は目の当たりにした。
 引っ込み思案で、上がり症で、言葉を発した途端に後悔ばかりしてしまう私が、
唯一、子どものころから好きだったのは、本を読むことと作文だった。
大人になってからも、同人誌に参加したり、ホームページやブログを通じて、
細々とその趣味だけは続けている。
そして、幸いにも、こんな私にも数少ない友達がいて、
話しをすることがある。中でも書くことが好きな友達からは、
いつも大きな力を貰っていると思う。書くことが好き、だだそれだけのことだが、書くことが、いかに大変な作業であるかを知っている人と、話せる時、刺激を受け、頑張ろうという気持ちになる。
だが、今の私は殆ど、何も書いていないに等しい日々を過ごしている。
 正直、五十路をとうに過ぎ、身体能力は衰えの一途をたどる今。
情けない話しだが、何もないような所で転びそうになる。手元が見えにくい。高血圧による頭痛。
これが今の私の現実。
疲れを言い訳に、楽な方に逃げてばかりで、このままでも幸せだから、
このままでいいと、そう思い込んで、いや、自分で自分に思い込ませていただけだ。
 子育てを終えた私には、時間だけはある。
子育てに追われながらも、子どもが寝静ると、
必死に同人誌へ投稿しようと努力していたあの頃の方が、忙しくても書いていたのに、
体だけじゃなく、意欲さえも衰えてしまっていたのだ。
もう一度、本気で書いてみたい。そう思わせてくれた、
職場の先輩に感謝しながら、
貸して頂いた村山正則さんの、本の一文を、ノートに書き留めた。
 美しい老年を生きるための五つの数字。
 まずは万。歩くこと。足を使う。これは、車中心の私には、ハードルが高いけど、幸い、2階にあるリビングと1階の往復で乗り切る。休みの日はなるべく歩く。
 千。指先を使うこと。文字を書く。実際は何より、これが、私の第一目標。これを達成しなくて、何の意味がある。
 百。深呼吸。朝、昼、晩、三回に分けてもよい。吐き出すことが大切。吐いて、吐いて、吐き切る。人生で最後に残るものは、集めたもの(吸う)ではなく、与えたもの(吐く)と言われる人間の生き方への教訓。大きく深呼吸、深呼吸。
 十。心の底から笑いましょう。不快不都合の多い世相の中、これを良い方向に理解して笑いに変える。この言葉いいよな〜。
 最後は一。
日常生活の中に一つの生きがいを持つこと。
一つの楽しみ、熱中できるもの、趣味の一つでもあることは日々の生活に楽しさがあります。もう、これも私には書くことだな。何もない毎日なんてない。年を重ねた分だけ過去から掘り起こせば一日、千字は達成できそうだ。よし、頑張るぞ。
 夕方に今年、結婚した、長男夫婦が、旦那に父の日のプレゼントとして、ビールとケーキを持って来てくれた。
お嫁さんは、本当に優しくて、気がつく。
息子と結婚してくれてありがとう。合わせて、もうすぐ、産まれる孫の話しで、幸せな日曜日になった。ばあちゃんは、一十百千万、頑張るよ。と心で思いながら、
お嫁さんの大きくなったお腹を撫でながら、昨日は十じゃ足りないほど笑えた。
そんな雨の日曜だったけど、私の心は快晴だった。
by tubakun01119 | 2016-06-19 18:48 | Comments(5)